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アルバム『風』 [アルバム]

2004.09.29

風

『風』
BFCA-75012 ¥3,059(tax in.)

プロデュース : 宮本浩次 & Pymiersher Light & 久保田光太郎 & 熊谷昭 
アレンジ : 久保田光太郎 & エレファントカシマシ


1. 平成理想主義
2. 達者であれよ
3. 友達がいるのさ
4. 人間って何だ
5. 夜と朝のあいだに...
6. DJ in my life
7. 定め
8. 勝利を目指すもの
9. 今だ!テイク・ア・チャンス
10. 


1 平成理想主義

リハーサル風景のような音のカオスの中から、あるリフが生まれて壮大な楽曲に入っていく、プログレを思わせるような異色の作風。『風』というアルバムの制作風景を切り取っているようで、かつ『風』というアルバムのキラーチューン。演奏とアレンジに手がかけられていて、洋楽にも負けないソリッドな音像ができあがった秀作。「平成理想主義の人 いつ目覚めることやら」という皮肉とも叱咤とも取れる歌詞は、同時に「何處かへ行かねえか?」という同志への誘いをかけてくる。そう、どことなく【奴隷天国】の鋭さと【ガストロンジャー】の挑発を感じるのである。そして、アルバムのタイトルにもなっている「風」が、「まだ風 感じつづけるさ」というフレーズのなかで登場する。9分というエレカシ史上2番目の長編作品になっているが、歌詞を見るとあっけないほどに短いのである。つまり、この作品はエレカシの演奏のグルーブを味わうために、歌詞ではあえて理を詰めていないのである。また、当時のインタビュー記事を読むと【平成理想主義】から【友達がいるのさ】までの3作品については、宮本はギター演奏をせず、アレンジは久保田光太郎にまかせていると述べている。その意味で、エレカシ作品にありながら宮本風のない、しかし逆に宮本要素が強調された不思議な作品が『風』には詰まっている。その秀作の筆頭がこの【平成理想主義】である。ときおり不思議と聞きたくなるのは、カオスのなかから生まれ来る音像のなかに、エレカシらしいライブ感があるからかもしれない。

2 達者であれよ

プログレ的な作品【平成理想主義】の流れを敢然と受けてたつ、ドラムとベースの魅力がきわだつ骨太な楽曲【達者であれよ】。これもまた宮本浩次がアレンジを久保田光太郎に、演奏をメンバーとアディショナル・ミュージシャンにまかせきった、数少ない作品。【平成理想主義】と同様に揺らぎのないソリッドな演奏が魅力。歌詞についてもよく練り上げられており、「麗しき恐るべき友」へのエールになっている。「むくろ」「有頂天」「酔狂」などなど、ラブ・ソング全盛の日本のロック・シーンにあるまじき文学的な古風な言葉の数々が、これほどまでに現代的なロック・ミュージックにぴたりと嵌(はま)ることの不思議。最近の流行作家・森美富美彦の森美体の文章を連想してしまう。サビの中のアクセントであるダンダンが心地よい。【シャララ】【パワー・イン・ザ・ワールド】につづいて3度目の登場となる「伊達や酔狂じゃねえ」がいかにも決めゼリフ然として格好いい。
 
3 友達がいるのさ

初披露された夏の日比谷野音の風景をまだ覚えている。あの時に、この曲はきっと野音のために用意された作品ではないかと感じたのである。そして、今もその思いを信じている。「友達」というのは、ひとつにはメンバーや個人的な知人のことであるだろうが、もうひとつには作品を愛してくれているファンのことが念頭にあるのだと思う。「あいつらがいるから」というのは、客席のファンのことなのだろう。「東京中の電気を消して夜空を見上げてえな」というつぶやきは、日比谷や丸の内、新宿などの都心にいると、その歌詞が沁みて伝わってくる。【友達がいるのさ】はエレカシ史上に残る大傑作であることを私は確信している。この作品も『風』に収録された他の作品同様に、イメージをモザイク状に組み合わせてあり、作品内におけるストーリーや統一したテーマのようなものはないけれど、心にある風景が「友達」を通じて結ばれていくさまが、ものすごく温かい。「おい、あいつまたでっかい事やろうとしてるぜ」。このセリフ詞が、だから俺たちも負けずにでかい事なし遂げよう、という鼓舞につながっている。そう、まちがいなくこの歌が【俺たちの明日】のベースとなっているのである。ちなみに、【友達がいるのさ】のベースになった作品は、『東京の空』収録の【星の降るような夜に】で間違いないと思う。

4 人間って何だ

ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』に触発されて作られただろう作品。この作品の歌詞に登場する「スーパーマン」はアメリカン・コミック・ヒーローのそれではなく、ニーチェが提唱した「超人」思想のそれを指している。本来的には「SUPER HUMAN」と表記されるべきもの。くりかえし問われる「人間って何だ」という問いに対して、宮本がひとつひとつ回答を提示していく真摯で重厚な作品。【ガストロンジャー】ではないが、宮本の人間観がすなおに歌われる作品だが、リフレインの多用がやや行き過ぎた感じがする。リズムも好きだし、歌詞の内容も共感できるのだが、かなり長いあいだ重いテーマを聞かされるので、真剣に向かって聞いていると座禅をしているような、身動きができない気分になる。自問自答の末の宮本浩次の答えは「スーパーマンになるしかあるまい スーパーマンめざすしかあるまい」である。何度も言うが、「スーパーマン」は青シャツに赤い「S」マークを胸につけたあれではない。人類の閉塞を超える強い意志をもった「超人」、『機動戦士ガンダム』でいうところの「ニュータイプ」である。

5 夜と朝のあいだに...

宮本御大がお気に入りの一曲。歌詞が意外とするりと出てきて、書き始めるといっきに出来たというようなことを、アルバム発売当初にコメントしていた記憶がある。その言葉通りに、スタジオで目にした町の様子、それから朝方の散歩の様子がドキュメンタリーのように、そのまま活写されている。「いいぜ どこにでも行くぜ」という呟きが気持ちいい。景色としては【真夏の革命】と似ているのだろうが、そちらはかなり気負いがあるのだが、この楽曲はそんな力みがなくて朝焼け前の白む町を歩いていく光景がここちよい。エレカシのなかで、これだけ肩の力の抜けた曲は異色である。『風』のなかでもいちばん自然体で、良く悪くも質素な一曲なのではないかと思う。力強い楽曲が好まれるエレカシにあっては、ファンにはなかなか浸透しにくいのだろうが、私はこの浮遊感が案外に好ましく感じられる。『扉』の頃からか、エレカシには朝が似合うようになった。エピック時代は夕方の歌い手であり、キャニオン時代は夜の歌い手、EMI時代は朝の歌い手なのだと思っている。では、ユニバーサル時代は昼の歌い手なのか。なかなかに興味深い。

6 DJ in my life

隠れ名曲である。意味は不明であるが、世界観はでっかい。あえて意味を通さないことにも意味はある。ビートルズでいうなら【Lucy in the sky】あるいは【I am the walrus】と言ったところだろう。意味不明ではあるが、決意は伝わってくる。しかも、韻踏みの遊び心が楽しい。もともと、戯画とか韻踏みなどのユーモアにあふれる歌が好きな人達なので、こういう突き抜けた不条理な歌もまた楽しく演奏しているのがよくわかる。おそらく、「in my life」というフレーズがあって、それに「DJ」を足したのだと思うのだが、「DJ」が意味するのは通例どおり「Disc Jockey」なのかどうかは謎である。楽曲はけだるいブルースなのに、何だか燃え立つものがある。何回聞いても飽きがこない、噛むほどに味わい深い、いつまでも意味がわかりきらない楽曲である。【東京ジェラシー】も類似曲だと思っている。

7 定め

バンド研鑽期の楽曲であるだけにアレンジが素晴らしい。とくにトミのドラムがしびれる。ただ、歌詞の完成度がこれもまた今ひとつなのだ。『風』というアルバムは『扉』と一対にして制作された作品だが、制作期間を抑制した上にリリース日をはじめに切ってつくりはじめたので、どうしても『風』の楽曲の歌詞にしわ寄せがいっている。とくにアルバム後半の【定め】【勝利を目指すもの】【今だ!テイク・ア・チャンス】は、もっと楽曲にともなう完成度の歌詞がつくはずだったと考えられてならない。この曲でいうなら、後半のセリフ詞はどうも失敗だった気がする。この当時の実感だったのだろうし、私小説ソングとしては問題ないのかもしれないが、楽曲の聞き手に敷居を高くしてしまっている感じは拭えない。しかも、当時のライブでもうまく読み上げられていなかった気がする。もともと歌詞おぼえが得意なほうではないのだから、【人間って何だ】やこの歌のセリフ詞のような覚えにくい歌詞はつくらないほうが懸命だと思われる。せっかくのよい楽曲でもライブセットに入れにくくなるのだから。

8 勝利を目指すもの

荒削りのままリリースされてしまった、もっと完成度があがったはずの作品。音楽自体はかなり完成されたブルースになっているが、歌詞の詰めがあと一歩。ドキュメンタリー『扉の向こう』にもチラリと登場している、宮本の作品(作詞)構想ノートに書き込まれたメモから生まれただろう作品。 「見ろよ向こうに ビルの向こうに/太陽(おひさま)がのぼった 俺の時間さ/俺の時間よ 生きなきゃなるまい/俺の時間を」。この「太陽」に対するイメージがポジティブな方向性に転換されたことは、ユニバーサル移籍後の「太陽」讃歌につながっていくきっかけだと思われる。歌詞だけを見ていると、アルバム『昇れる太陽』と直結してもおかしくない。しかし、「友よ」という呼びかけは、文学に対する気負いを残し、やや大仰(おおぎょう)の観を受ける。『俺の道』以来つづいている、文豪の生きざまさえも超したいという目標がここに生きていることを表している。しかし、それにしては制作時間が足りなかった印象を受ける。歌詞が大きなイメージにあふれているにもかかわらず、伴奏がブルースであるから、伴奏の滑稽さに引きずられて大きな目標がその大きなイメージで伝わらないところがある。このちぐはぐさの解消は『昇れる太陽』で果された気がする。

9   今だ!テイク・ア・チャンス

曲は格好よく決まっているのに、歌詞が決まりきらなかった荒削りのロック作品。普通ならばアウト・テイクになってもおかしくないレベルだと、個人的には思っている。が、1年で2作品のリリースを課したレコード会社の要求にしたがって、『風』に組み入れざるを得なかった不幸を感じる。『風』のなかではいちばん練り上がりが悪い作品。もっと時間があれば、こんなレベルには留まらなかったはずだ。しかし、救いは歌唱がすばらしくよいこと。声は伸びているし、つぶやきも宮本節をよくあらわしている。歌詞はイメージを散らしまくっているので、統一したテーマや物語はないように思う。「目の前にあるチャンスつかめ」と「サマータイムブルース」がキーワードであるのだろうが、明るいのか憂鬱なのか、力強いのか滑稽なのか、わからなくなってもやもやしてしまう作風である。

10  風

EMI時代の痛切な弾き語りバラード。ふつうバラードというと恋歌や泣かせソングになることが多いが、EMI時代の宮本のバラードはたいてい身を刻んで、自分の小ささに気づき涙する歌が多い。何もそこまでという気持ちと、刹那刹那に命を削りたい人間の真剣さが伝わる。この歌の場合「死ぬのかいオレは?」が核心部分だが、自分にも「死」が訪れることが肌身に沁みるということが、どれほど痛切かを痛々しいほどの語り口で伝えてくれる。自分だけは死なないものだと思っていた、というのもあの年齢不詳の若さをみれば理解できるが、さりとてそれを信じ切っていたというのは驚きである。「あと5分しか生きられぬのなら」という仮定の立て方も極端だが、「今のこの俺を越えられるというの」(訂正)というのは、あまりにも宮本らしい境地だろう。いつか通ったとおりをたどりゆく自分に、いつかくる死をささやく風。そして、死ぬまで精一杯でいたい宮本。

[訂正]「今の俺を越えられるといいな」という歌詞はありません。空耳です。
実際は「今のこのオレをこえられるというの」です。お詫びして訂正します。
ただ、そんなに大きく理解は変わらないと思います。
手許に資料がないので断言はできないのですが、
アルバム『風』発売時の取材で「自分は死なないものだと思っていた」という発言は確かにありました。
「死ぬのかいオレは?」は病気で死にそうとか、死にたいとかそういうことではなく、
漠然としていた死期(年波)が自分にも歩み寄ることの自覚という意味のようです。


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レヴォン・ヘルム

こんばんは。
風の歌詞を誤解なされてるようです。
by レヴォン・ヘルム (2010-11-08 22:30) 

黒のシジフォス

>レヴォン・ヘルムさん
コメントありがとうございます。
ご意見、傾聴しておきます。

具体的な指摘がないので、どこがどうなのか、
まったく推察できませんが、何か間違えているのかも知れません。

私はこれでも頑なな偏りのある人間なので、
そういう間違いも時折ありますが、
ただ、作品に対する誤解というのは、
明確な作品解説が作者の口から、
「これ以外はまったく正しくない」と言われるまでは、
誤解誤読の自由の範囲だと思っております。
ゆえに、歌詞まちがいや、語彙の不理解いがいはご容赦ねがいます。
by 黒のシジフォス (2010-11-15 22:00) 

吹く風

> 「今のこの俺を越えられるといいな」

???
by 吹く風 (2010-11-17 15:07) 

黒のシジフォス

> 吹く風 さん
回答が遅れまして、申し訳ありません。
怠惰をしておりました。

ご指摘の箇所は単なる思い違いによるものです。
実は死蔵していたアルバム評を引っぱり出したので、
確認しなければならなかったところを、
確認せずに公けにしてしまい恥ずかしいです。
そこは直そうと思って放置していたところです。
ご指摘を受けたので、間違っていた旨を書いて、訂正します。
ありがとうございました。以後、気を付けます。
笑止のうえ、ご寛恕くださいませ。

by 黒のシジフォス (2010-12-04 16:02) 

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