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『good morning』10周年を語る [アルバム]

 数字やデータ詳細を検証するのは意外と時間がかかる。…という泣き言から、はてさてどんなことをブログのネタにしようかと思って、あれこれめくっている。たとえば、RO69に連載している社長:渋谷陽一のブログに、今週末発売の『bridge』掲載のインタビュー収録の記載があったとか…。

 そんなことはとっくに方々で語られているだろう。じゃあ、そのブログ記事に載っている宮本浩次の写真が長髪ボーボーなこととか。宮本が長髪で無精ひげを伸ばしているときは、たいてい創作活動中のときである。あと煙草の量が多いときもそうだろう。しかし、そんなことを今更語ってもしようがないので、ほかのことを探す。すると、見つけたのである。そう、今年は『good morning』発売からちょうど10年目なのである。

 エレカシが自発的にレコード会社を移籍して放った、渾身の第1作。宮本浩次が10年前に日本に問いかけた衝撃作が、『good morning』である。2000年4月26日に発売された『good morning』は、今年の春でちょうど10年目を迎える。去年の日比谷野音公演20周年記念ではないが、それにかこつけて何か話してみよう。

(実はこの文章はすでに打込んであったものを、引っぱり出して、再利用している。どこかで書いた宮本のソロ・ワークとしての活動期の話ともかぶるところがあるので、寝かしておいたのだが、ネタ切れなので蔵出ししてしまう)

 まず、断っておかなければならないのは、このアルバムはバンド名義のリリースではあるが、クレジットを分析すればするほど、宮本浩次の事実上のソロアルバムであることだ。であるから、バンドとしての音が鳴っていないという批判はまったく当たらない。当時感じた他のメンバーへの疎外のことも、ソロプロジェクトであると考えれば、むしろ参加があるだけでも穏当と言えるかもしれない。

 収録楽曲中で、メンバー全員が演奏で参加しているのは移籍第一弾シングルとして発売された【ガストロンジャー】ただ1曲である。残りの楽曲のなかでは、冨永が参加しているのが【生存者は今日も笑う】1曲、高緑が参加しているのが【情熱の揺れるまなざし】と【so many people】2曲、石森敏行でさえも【武蔵野】 【情熱の揺れるまなざし】【コール アンド レスポンス】3曲のみである。 収録曲の11曲中メンバーが参加しているのが半分にも届かないことからも、『good morning』がいかに特殊なアルバムであったかが理解できるだろう。

 歌詞カードのミュージシャン・クレジットを眺めたことがある人はよくわかっていると思うが、収録楽曲の演奏の大半は宮本浩次がひとりでこなしている。その出来映えに関しては賛否両論があるだろうが、とにかく11曲という楽曲に関してひとりで演奏しきったということは、バンマスとして大きな自信になったはずである。ひとりでもこれだけできると示すことは、他のメンバーに対しての叱咤にもなるし、バンドを主導していくときの説得力にもなったはずだからである。
 
 レコード会社を移籍して最初に、なぜ宮本は(実質的な)ソロアルバムを吹き込んだのか。それはCANYON時代後半の葛藤に由来しているのはまちがいない。CANYON時代には佐久間正英と土方隆行という名プロデューサーを迎えて、大きな成功を手にした。だが、名プロデューサーを頭上に抱くことによって、逆にそれまでの思い通りのサウンド・プロデュースというものができなくなった「もどかしさ」を生み、その「もどかしさ」が蓄積した。宮本浩次が2人のプロデューサーの手腕に感謝していることはまちがいない。ただ、どこかで「俺がやった方がもっとよいはず」という自負心が次第にふくらんで行ったのだろう。成功によってタイアップの続いたエレカシは、同一線上の歌謡曲路線を期待されつづけ、そのスタイルにうんざりし始めた頃でもあったから、レコード会社の移籍と作風の転換は、転機としてよいタイミングと考えたのだろう。また、新しい技術としての打ち込み音楽は、ミュージシャン個人がひとりで思い通りの楽曲制作をするためのよい道具として映ったのである。

 なぜ打ち込み多用の多重録音の上に、宮本が全楽器を担当したソロ・ワークになったのだろうか(打ち込みの技術を導入したとしても、必ずしもメンバーを排除する必要はなく、ループのドラムやベース音を共同でつくってもよかったはずだからである)。その理由は明白、「ソロ・アルバムを作ってみたかったから」としか言いようがないだろう。ただ、結婚して子供をもつメンバーもいただけに、バンド活動を休んで収入をまったく閉ざすと言うことが心情的にも、経済的にもできなかったのだと思う。だから、作品はソロ・ワークであるが、アルバム・クレジット上はバンド名義、ライブ活動もバンド全員参加という形を取ったのだと思う。ただ、見せかけのバンド活動は参加の少ないリズム隊(高緑と冨永)には、複雑な思いが強かったに違いない。

 さらに、クレジット上に不審な点があるのをお気づきだろうか。宮本浩次の欄に必ず「C.P.」(Computer Programingの略だろう)と記載されていることである。ところが、実際は宮本浩次はパソコン操作が苦手なのである。そんな宮本が突然「C.P.」などできるはずがない。そこで、「Editor」が登場する。石君(石森敏行)である。たしか近年のYahoo Liveだったと記憶するが、「宮本さんは自分でデモテープをつくっているのですか?」という質問に、「全部、石君に作らせてます」という旨の回答をしていたのをよく覚えている。『good morning』の音源制作についてもまったくその通りだったはずである。つまり、「こんな風にしてくれ」という発注をかけるのが宮本で、その発注をうけて音像を立体化し実現するマニピュレーターの役割を石君が引き受けていたことになる。現在の様子と変わらないということである。

 どこで読んだ話だったかは覚えていないが、売り上げが伸びて年収がアップしたのを財源にして、プロトゥールスを買い込んで、そのまま石君に渡して「これ覚えておいて…」と言ったそうである。これはものすごいサディストである。…というのも、石森はブルース・ギターを愛するミュージシャンであるから、打ち込み音源というのはその真逆にある道具である。しかも、それまでの石森にパソコン関係の知識があったとは思えないからである。もちろん、ギターをセッティングするのに、エフェクターやらアンプやらをいじっているので、機械を扱うことには慣れていたには違いないだろうが、それとPCソフトとはまるで別種のものである。石君が苦闘したことが想像されて、涙を誘う。 (了)
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