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日本の夏と戦争 [つれづれ]

エレファントカシマシの作品にはイデオロギーは混じっていない。
だから、イデオロギーの染みた作品のような、ある特定層にだけアピールする内容にならないのだ。
宮本が政治的な問題を作品にすべり込ませる時も、
その判断は個人的な知識や教養のなかから判断するそれであって、
何党の誰々が言っているとか、何々主義の権威がこう言っているから、
という引き写しのようなアジテートではない。
宮本浩次のアジテートは【ガストロンジャー】をはじめとして何度も作品化されているが、
それはいわゆるイデオロギーのためのそれではなく、
あくまで個人が社会に向いあう時に、自分が自分自身を改革していくそのススメである。
エレファントカシマシの政治的な問題への言及も、
立ち位置はいつも個人的見解であって、「正しい意見」を引き写してきたわけではない。

そこで、日本人と戦争の問題である。そして、戦争問題を考えるための夏である。


EPIC時代の初期に、宮本が総理大臣中曽根康弘が嫌いだと発言していたことは記録されている。
「不沈空母」発言をふくめ、愛国的なアジテートを政治利用するのが嫌いだったのだろう。
2002年くらいの随筆中に、石原慎太郎が好きで、ぐうぜん飛行機に同乗した時に自作を渡した、
という記述を見てもわかるように、鋭くポリティカルに中曽根康弘が嫌いだったわけではないようだ。
おそらく、権威的な物言いや振る舞いに対して、腹が立ったのだろう。

さて、エレファントカシマシの作品のなかで、もっとも政治的問題に抵触しそうな文脈をもっているのは、
ファースト・アルバム『エレファントカシマシ』収録の【星の砂】である。
「へなへなで弱い学生に 神の心を植えつけよう」
など、右翼的言質にとられそうな歌詞をうたってはいるが、本心はまったく逆である。
これは逆説というスタイルのアジテートなのだが、
典型的な「愛国」の主張がちっとも国をよくしないことを、戯画にしているのだ。
このスタイルの作品というのはRCサクセションによく見られたものであるから、
きっとどこかでそれに影響されたところはあるような気がする。

宮本がかつてのアジア・太平洋戦争(盧溝橋事変からポツダム宣言受諾まで)をどう考えているのか、
それを公式の記事で目にしたことはないが、
「大東亜戦争」と呼び習わし「アジア解放」の戦争だったという側には与しないようである。
まあ、永井荷風を畏敬し、太宰治を愛読する宮本が、あの戦争を肯定するとは思えないのである。
というのは、永井荷風は国民の戦争熱を軽蔑していたし、
共産党活動からの転向組である太宰治もまた、「正義」というヤツが大嫌いだったからである。

NHKがここのところだいぶ良質な戦争ドキュメンタリーを制作している。
私が感心したのは、「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」シリーズ(全4回)、
それからつい先日(8月6日)に放映された「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報 」である。
これらのシリーズに共通している追求の視点は、日本の官僚機構が日本をあやまった方向に導き、
なおかつ多くの国民を死に追いやったというところに注がれている。
明治維新後に築き上げられた、帝国日本の官僚システムが自己保身的で無責任であり、
その失敗の責任をまったく取ることがないという歴史のくりかえしであることを暴露している。
それは原子力行政にもつながる大きな誤りである。

「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報 」で明らかにされた事実は衝撃的だ。
陸軍参謀本部情報課は、原爆投下部隊とおぼしきB25の少数爆撃部隊の存在を認識し、
そのコールサインを突き止めて、それが広島や長崎に向うことを察知しながら、
陸軍上層部がその情報を握りつぶしたという事実である。
広島は一撃目であるから、投下前にそれが原爆投下部隊と推測することは困難だが、
3日後の長崎については、出撃サインをキャッチした情報課の職員が、
「原爆投下」部隊ではないかと報告したようなのである。だが、握りつぶされたのだ。
アメリカの非人道兵器による民間人の大量虐殺は、ひとえにアメリカの責任である。
しかし、被害を少なくとどめようという努力をまったく払わなかった時の政府(本質的には官僚機構)、
大日本帝国のほこるべき陸軍の首脳部というのは、
原爆で国民が虐殺されることに何の対策もしなかった人たちである。
この事実というのは、言うまでもなく3月11日に起った大震災と福島第一原発事故に繋がる。
戦後65年過ぎても何にも変わっていないのじゃないか、という慨嘆である。

霞ヶ関あたりでは、日本は戦争に負けたが日本の官僚は一度も負けたことがない、
そういう風に思っている人たちが本当にいるようである。
日本の近現代史を調べたことがある人ならばよくわかるだろうが、
近代以降の国民の災禍のほとんどは、「間違いを起こさない」官僚たちのやったことである。
しかし、日本の官僚たちというのは、残念ながら「間違いを起こさない」から責任を取らないのである。
もちろんこれは逆説的なはなしで、責任をとらないために、彼らには「間違い」が起らないのである。
アジア・太平洋戦争についても、官僚たちは自分たちの判断が「間違っていた」とは公式に記録していない。
彼らが言うのは、自分たちは間違わなかったが、日本は戦争に負けたのだということである。
それを誰が信じるのか、ということを彼らは考えないようであるが。

「間違いを起こさない」日本の優秀な官僚たちが、
責任追求がはじまりそうになると、徹夜で書類を隠滅するのは戦争直後からの伝統である。
とにかく、日本のお役所には「間違い」の書類は残らないようになっている。
書類が残らないと、彼らにとっては「失敗」がないということになるらしいのだ。
福島第一原発の事故についても、きっとそう言うだろうという予想はついている。
果たして、そのように東京電力も経産省も御用学者もプラント・メーカーも言い続けている。

【ゴクロウサン】のなかで、エレファントカシマシはそんな裏舞台を皮肉っている。
「ふだんの暮らしにゃ関係ないが 悪いやつらは裏でニヤニヤ」
というあれである。
しかし、福島第一原発の事故を見てもわかるように、
悪いやつらの無責任は残念ながら「ふだんの暮らし」に絡みついてくるのだ。
放射性物質による出荷停止や内部被曝の問題は、「裏でニヤニヤ」の連中が起こした結果だ。

「愛国」的な風潮が盛んになる昨今だが、根本問題としての「官僚制度」について、
歴史と絡めてよく学んだ方がよい。
政治家と軍人は軍事法廷に並んだが、日本の「間違わない」優秀な官僚は、
責任追及の舞台から逃げ出したくせに、同じ人間が同じ役所に居座り続けたのである。
終戦直後、中野重治という作家が「そっくりそのまま」という小文を書いた。
国は灰燼に帰し、軍国主義は一掃されたが、それを推進した官僚だけは「そっくりそのまま」と。
まさに言い得て妙である。
(中野重治は共産党の重鎮であったが、後に共産党の意にそまなくなり除名された作家)

エレカシ・ファンの方がたはおそらくノンポリの人がほとんどであろうと思う。
それは全然構わない。というかむしろ、個人の良心にのっとったよい立場だと思う。
しかし、ノンポリであろうと、主義者であろうと、
政治や官僚機構による結果というものは、等しく負わされるのであるから、
その本質を見る眼をやしなうことは大切である。
それが個人の手に負えないものであろうとなかろうと、
「善」と「悪」の区別を自分で決めることの中からしか、社会をよくする芽は生まれない。
戦争問題についても、まさしくその通りである。
本当かどうかは疑問符がつくが、若い人のなかにはアメリカと戦争をしたことを知らない人がいるらしい。
グアムやサイパンには、激戦で亡くなった日本兵の遺骨が散らばっていることも知らないという。
オーストラリアのダーウィンを日本軍が空爆したことも知らないらしい。

日本がやってきた戦争を頭から「正義」だとか「悪」だとか決めつける、
それほどのご託宣を私はしようとは思わない。
ただ、余所の国へ軍隊を持っていて、そこへ植民するというやり方は、
イギリスやアメリカやイスラエルや中国を見てもわかるように、間違いである。
基本的に日本の対外戦争は、資源権益と植民地確保の戦争だったわけで、
日本軍が「解放」したから現地の人が幸せになったという事例は、
残念ながら存在しない。
(旧日本軍兵士が敗戦の後に、アジアの独立戦争に力をかした事例はある)
現在、中国がやっている権益確保の方法論というのは、
どこかしら昔日本がやっていたやり方に似ている。
(それを中国国民は批判しないのに、旧帝国日本を批判する中国人の矛盾)

まあ、とにかく歴史というものは成功に学ぶことよりも、失敗に学ぶことが多い。
成功は放置しておいても成功だが、失敗は放置すると成功さえも失敗に引きずり込む。
だから、夏は昔の戦争と「間違ったことのない」官僚のことを学ぶよい機会である。
前掲番組が再放送されるので、見逃された方はぜひチェックしてみて下さい。


2011年8月9日(火)  午前1時05分~2時03分 NHK総合 (8日深夜)
原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報
初回放送 2011年8月6日(火)

『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』シリーズ
第1回「“外交敗戦”孤立への道」
2011年8月11日(木)  午前0時15分~1時04分 NHK総合 (10日深夜)

第2回「巨大組織“陸軍”暴走のメカニズム」
2011年8月11日(木)  午前1時05分~1時54分 NHK総合 (10日深夜)

第3回「“熱狂”はこうして作られた」
2011年8月12日(金)  午前0時15分~1時04分 NHK総合 (11日深夜)

第4回「開戦・リーダーたちの迷走」
2011年8月12日(金)  午前1時05分~1時54分 NHK総合 (11日深夜)

(了)
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